ハニー?バニー!ビーツ♪SS

ストーリー

  02 宇佐見響也は普通の男子高校生  




「う、宇佐見君、お、おはよう」
「え、ああ・・・おはよ」
「きょ、今日はいい天気だね!」
「いや、めっちゃ曇ってるけど」

 この時点で依織の頭の中では"終了"の二文字が駆けめぐっていた。そもそも、紡木依織は気軽に男子に話しかけるような女子ではない。
 更に、話しかけた男子が他学年にも名前が知れ渡っている宇佐見響也だ。
 氷炭相容れず、この二人のあまりにも高い温度差で、心臓が砕け散るのではないかと、依織は思っていた。
 案の定、話しかけた宇佐見響也も明らかに怪訝な表情を浮かべている。
 依織は心の中で合掌した。グレートーンの空模様を横目に見ながら、何故、こんなにもお日柄のイマイチな時に、話しかけてしまったのだろうと頭を悩ませた。律も間が悪い男だ。
 依織は、心の中で溜息を吐き出し、最小限のダメージで立ち去ろうと頭を十二分に働かせた。

「私、心の目はいつだって、空は晴れで見ていたいの」

 依織の頭は存外、ポンコツなのかもしれない。
 面食らった宇佐見響也の顔はおそらくレアだ、超レアだ。彼に思いを馳せている女子は、是非、今の表情を撮影しておいた方がいい。
 暫く呆けた表情を見せていたが、宇佐見はハッとしたように口を開いた。

「紡木、今日熱があるんじゃねえか?ちょっとお前、変」
「うん、そうかもしれない」

 そして、今すぐ消えて無くなりたいと思っている。
 存外、宇佐見響也は慌てて心配をしてくれている様子で、依織は自分の情けなさに息が詰まりそうだった。
 明らかに、薬物使用疑惑のある発言をしている同級生に此処までの心遣いを見せる宇佐見がモテる片鱗が見れた気がする。

「大丈夫か?保健室行くか?女子の保健委員呼ぶか?」
「ううん、大丈夫。心配してくれてありがとう」
「いや、気分悪いなら早めに帰れよ?」
「そうだね、うん」

 あまりの気遣いに顔を合わせ、彼の目を見ることが依織には出来なかった。

 今朝、律に言われた事を実行しようと考えれば、考えるほど不自然になっていくのだ。心の何処かで、依織は宇佐見響也の魅力に無意識のうちに惹かれていて、無意識のうちに彼を撮影して、写真という箱庭に閉じこめてみたいと考えていた事を自覚したからだ。
 そして、律の話しで聞いた、目の前の宇佐見響也と、絶世の美青年である蜂須賀蜜也の並び立つ姿を見てみたいと、好奇心が告げている。二人ともタイプの違う美しさや、魅力が詰め込まれているのだ。

 一人だけだとしても、華やかな二人が出会って、並び立った時を想像すれば、するほど心が踊っていくのだ。
 ぶつかり合って、魅力が半減されるかもしれない。
 溶け込んで、絡み合って、一つのものができあがるのかもしれない。
 そんな可能性を想像してしまうのだ。
 しかし、それは依織のエゴで、ただの妄想だ。空想でしかない。

「やっぱり顔色悪いし、保健室いったほうがいいんじゃねえのか?なんか悩み事あんなら、仲良い奴とかに相談しろよ」
「うん」

 依織の中で渦巻いている感情は、この優しい男、宇佐見響也にとっては、迷惑な事なのだと解っているのだ。
 その勝手な空想に、勝手に巻き込んで、想像している自分が恥ずかしくて、申し訳なくて、言葉が出てこない。
 全部、律が依織を唆すのが悪いと、責任転嫁までしてしまう。
 変な絡み方してごめんと謝ろうと顔を上げれば、思いの外近距離に宇佐見響也のご尊顔があった。
 依織の息が止まる。

「・・・もしかして、この前のクマとか、サラリーマンとか、喫茶店員になんかされてるのか?」
「えっ?(それよりも顔、近くない?)」

 口元に手を当てて、周りを警戒しながら内緒話をしてくる宇佐見の姿は少し非現実的で混乱した。これは夢かもしれない。
 しかし会話の内容が、とてつもなく現実の話だったので、依織の思考回路は妙に冷静になっていく。

 先日、見られた愉快な仲間達の惨劇を思い出して、臍を噛んだ。
 蜂須賀がアルバイトをしている喫茶店、『銀の猫』での出来事は依織の胃腸をギリギリと刺激してくるのだ。
 遠隔操作出来るカメラと、改造済みスマートフォンが内蔵されたクマのぬいぐるみは、外に出たがらない律が、唯一外と交流する手段だ。
 それをいつも持ち歩いている喋らない男、音無忍は優秀な部下だとは思うが、一言ぐらいは話してくれても良いと思う。
 あの二人がメインスタッフで、何故、事務所を設立しようと思ったのか未だに、謎だ。
 宇佐見響也の心配が、的を得すぎてイケメンの潜在能力の高さに戦慄する。彼とサイコキネシスの使い手なのかもしれないと、ちょっと痛い中学生のような発想が生まれてしまった。

「やっぱり、あのメンツだと友達に紹介すんのも、相談するのも悩みものだよな・・・つうか、どう説明すれば良いかわかんねえよな」
「う、うん・・・そうなんだよ」

 確かに、引きこもりコミュ症の親戚が居ることも、その親戚が芸能関係者であるかも言えないが、そうであることも、誰にも言っていない。言えない、というのが正しい表現だ。
 目の前のイケメンは依織の境遇を憂い、心配してくれている様子だった。イケメンという生き物は、心が高原かなにかなのかもしれない。
 あの後、蜂須賀にも注意を受けてしまい依織以外は、喫茶店の出入り禁止も食らってしまったのだ。
 確かに、あのハイソな雰囲気が漂う店でお騒がせコンビを野放しにしておく事は考えられない。
 しかし、宇佐見の頭の中で、あの二人が不振人物に映ってしまっては事務所を紹介するどころの騒ぎではない。どうにかして誤解を解かねばと、依織は首を振った。

「いや、なんていうか親戚・・・っていうか、バイト先の人だから、変な・・・変だけど、悪い人たちじゃないんだよ?」
「変なのは認めるんだな」
「まあ、そうだね・・・」

 この時、依織は心の底から否定したいと思った。
 うつむきながら目をそらせば、首を傾げた宇佐見が不思議そうな表情を浮かべながら疑問を口にした。

「バイトって、アンタ、あの喫茶店でバイトしてんのか?」
「違うよ、なんていうかあの喫茶店でバイトしてる人の本職?の勤め先でバイトしてるっていうか」
「なんか複雑だな」
「そう、だね・・・」

 ぼかして説明しようにも、難しい関係だ。
 改めて、自らの立場が曖昧なものだと依織は痛感した。バイトというにも報酬はもらっていないし、蜂須賀の事を説明しようにも上手な言葉が見つからない。
 朝から回りくどい言い回しをしてしまったと、依織は後悔した。
 これは、いっそのこと正直に話してしまって宇佐見響也をスカウトする他ない。スカウトは別として、変な誤解を招いてしまう前に話すべきだ。
 眉間を深め、首を傾げている宇佐見響也と目を合わせ、意を決し口を開いた。

「えっと、あの喫茶店でバイトしてる人すごく綺麗だったでしょう?」
「は?・・・いや、あんまりちゃんと見てねえけど、なんか女っぽい顔つきだったな。それが何か関係あるのか?」
「その・・・親戚が小さいけど芸能事務所やっておりましてですね、そこのタレント候補生、第一号が喫茶店の店員さんなんですよね」
「・・・へえ」
「その人を売り出すために、ちょっとした雑誌に送る写真を撮影したりとか、衣装作ったりとか、メイクしたりとかしたの」
「へえ、スゴいな。そうか、アンタ手芸部だもんな」
「うん、だから頼まれて・・・それに小さい事務所だから、人手が足りないんだ」
「へえ」

 はい、合計3ヘェ頂きました。
 さほど興味なさげに頷かれてしまい、宇佐見響也をスカウトするのは無理だと思い知らされた。

「その・・・心配してくれてありがとう。宇佐見君には変な所見られちゃったね」
「いや、別に気にしなくていい」

 宇佐見は、依織と同じ進学クラスに所属しているし、成績も安定している男だ。将来設計は万全なのだろうし、いくら美形だからと言って芸能界に所属するなんてリスクの高い事はさらさら考えてない様子が垣間見得た。
 彼はカッコイイが、普通の感性を持った少年であるとクラスメイトである依織にだって解っている。
 あくまで自分とは無縁の話だと、宇佐見響也は、そういう表情をしているのが手に取るように察せられたのだ。
 蜂須賀のように自らの価値を誇示し、あの様に写真を撮らせてくれたことは希有なのだろう。誰も彼もがきらびやかな世界に憧れを持っているわけではない。
 依織の内なる情熱や、勝手な空想は、宇佐見の迷惑にしかならないだろう。

「ありがとう。ごめんね、変な気使わせちゃって!えっと、私、もう席戻るね」
「あ、待ってくれ」

 依織は早口でまくし立て、その場を後にしようとしたが、宇佐見に引き留められた。
 コレ以上、何かあるのだろうかと依織は首を傾げた。
 宇佐見の方を見れば、どこか落ち着かない様子で口をまごつかせている。彼らしくない姿に依織は、更に首を傾げてしまう。

「あ、あのさ・・・こ、今度でいいからさ、アンタの撮った写真見せてくれよ、衣装もアンタが作ってるんだろう?」
「え?」
「あ・・・なんか守秘義務?とかあんの?」
「いや、特にはないけど・・・」
「ならいいじゃん。俺、興味ある・・・そのアンタの撮る写真とか、服とか」
「宇佐見君・・・?」

 興味ある?私の作品に?どうして?
 依織の頭の中は驚きに満ちていた。今まで、まともな会話は無かったはずだ。
 宇佐見響也が、依織の部活を覚えていた事も少し驚いたのに、私の作るものに興味がある事が意外だったからだ。

「それに、なんていうか・・・アンタの作るもん、か、可愛かったし」
「えっ、宇佐見君?」
「あっ、いや!そうじゃなくて!文化祭の時に手芸部の作品は見たことあるけど、服まで作れるなんてスゲエじゃん!?クラスメイトのそういう姿、普通に気になるし!」

 目を開きながら宇佐見を見つめていると、彼は焦ったように目を反らした。照れているのだろうか?
 普段は、落ち着いていて、クールな表情を崩さない宇佐見が先ほどから、いろいろな表情を見せている事が依織には考えられなかった。

「だから・・・見せてくれ、アンタの作るもん、興味あるんだ」

 一生懸命な表情で、その言葉を紡いだ宇佐見は依織の知っている宇佐見響也像とは懸け離れていた。
 依織の作っていたものを知っていてくれた、それだけでも嬉しいのに興味があると言ってくれたのだ。
 あの、宇佐見響也がだ。
 趣味も合わないだろうと思っていた。話をする事なんて、あれっきりかもしれないと思っていた。
 依織と宇佐見は違う場所で、息をしているような感覚があった。でも、その感覚は依織の身勝手な考えだったのかもしれない。
 宇佐見は依織の思っていた、クールで無口な人だけの人ではないのかもしれない。知りもしないで、そういうレッテルを貼ってしまっていた。
 もしかしたら、依織の情熱に答えてくれるかもしれない。
 箱庭に入ってくれるかもしれない。
 依織は、一歩、宇佐見響也に歩み寄った。

「じゃあ、今日の放課後・・・うち来る?」
「へ!?家!?」
「い、いや、違う!違うから!!バイト!バイト先の話!!」
「あ、嗚呼、そっちか・・・そ、そうだよな、うん、そうですよね、うん。うん、そうでした。」

 宇佐見の大声に、クラス中がこちらに注目した気がする。依織は冷や汗を大量に吹き出しながら、慌てて否定した。
 彼もやってしまったという表情を浮かべていて、依織も苦笑いした。

「うん、そうだよ!あの、事務所にスタジオがあってね!服とかセットとかも片づけてないんだ!まだ消してない写真データもいっぱいあるから!」
「そ、そうなのか」
「うん!宇佐見君の予定さえ、合えばだけれど・・・」
「いや、今日は予定ねえから大丈夫。見るだけだし、遅くならねえだろ?てか、アンタ部活は?」
「今日はオフだから!そもそも、作品だせば良いだけだし」
「そうなのか・・・」
「じゃあ放課後!校門で待ってるね」
「え、あ、うん」

 依織は浮かれたまま、宇佐見響也との約束を取り付けた。
 このときは、完全に宇佐見響也に、先日撮った蜂須賀の写真を見せることしか頭の中では考えてなかった。
 仲の良い友人にも、このような話をする機会がなかったのだ。
 手芸部内のものを見せることはあったが、写真を撮っているなんて話までしたことはない。
 もしかしたら、宇佐見響也の写真も撮れるかもしれないと、図々しいことまで考えを巡らせ、脳内の衣装ボックスから宇佐見に似合う衣装を選別し始めていた。

 そう、事務所に宇佐見を連れていくまで、律との約束の事などすっかり忘れていたのだった。


ストーリー
Copyright (c) 2015 OKSing Project All rights reserved.
 

-Powered by 小説HTMLの小人さん-