ハニー?バニー!ビーツ♪SS

ストーリー

  03 蜂須賀蜜也は初対面に厳しい  






 依織は自らがあまり動作の早い人間ではない事を自覚していた。どちらかと言えば、依織は鈍い方だ。
 何事も、ゆっくり焦らず行動に出る性格であるのでどうしても、帰宅時の行動にもたついてしまう。今日は校門に人を待たせているというプレッシャーで、余計に上手く動作が出来ないでいた。
 なんとか帰宅の準備を終え、急いで下足箱まで向かい靴をはきかえた。
 下足箱に、すらっとしたシルエットが佇んで居る。
 ここまでスタイルの良い男子高校生など、この高校には宇佐見響也ぐらいしか居ないと言っても過言ではない。
 依織は、慌てて彼の元に駆け寄った。

「ごめん、待ったかな?」
「いや、そんなに待ってねえけど・・・なんかあった?」
「ううん、私、準備するのが遅いから」
「そうでもねえんじゃねえの。女子って支度に時間掛かるんだろ?姉貴達が言ってた」
「宇佐見君、お姉さんがいるの?」
「え、あ〜まあな。それより、事務所ってどっち方面にあんの?結構遠いのか?」
「えっと駅の方だから、そんなには遠くないかな」
「そうか」

 あっという間に会話が終わってしまった。言いようのない気まずさに依織は鞄の紐を握りしめた。
 勢いで宇佐見響也の放課後を獲得したとは言え、普段、会話さえすることのない関係だ。
 そもそも、こうして一緒に並んで歩くのも希有なことなのだろう。
 長い足を惜しげもなく動かす宇佐見響也は、依織の一歩も二歩も先を歩いていて、トロくさく依織は早足で彼の歩幅に追いつこうとしていた。

「なあ、紡木…アンタ、なんでそんな遠くにいるんだ…?」
「え、あ、えっと…気にしないで」
「なんか息切れてっけど、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だから……」
「……そ、そうか………」

 文化部が故の運動不足が、ここに来るとは思わなかった。
 ほんの少し急ぎ足をしただけで、息が切れてしまっている。
 宇佐見は、鞄を両手で抱える依織を3歩先で呆然と見つめていた。彼はきっと、呆れて物も言えないのかもしれない。
 意気揚々と誘っておきながら、この体たらくだ。依織は密かに自らの体力のなさを呪った。


「宇佐見君、さっき呼び止めた用ってなにかな?」

 直前で依織を呼び止めていた事を思い出し、慌てて聞いた。
 彼は、えっと一瞬驚いたような表情をした後、また苦虫を噛み潰したような微妙な表情を浮かべる。
 また私は何かしてしまったのだろうか…と依織は一抹の不安を覚えた。
 何かフォローを入れなければと、依織が口を開こうとした瞬間、宇佐見の声が聞こえてきた。

「嗚呼、いやなんだ…大したことじゃねえ…ただの雑談をしようとしてた」
「え?」
「俺とお前、そんなに仲良くねえだろ?だから、その……気まずくなんねえのかなって思った」
「た、確かに……そう、だよね……私も配慮し忘れてたかもしれない」
「いや、俺の方こそなんか悪いな」
「いや!そんなことないよ!!うん、そうだよね……」

 確かに、この会話の歯切れの悪さも、余所余所しい空気感もクラスメイト同士とは思えない程、距離感がある。
 よく考えれば、朝、突然、一緒にスタジオを見に行こう!なんて、ほぼ会話ゼロのクラスメイトを誘うことも、不思議なことだ。
 宇佐見響也からすれば、もしかしたら悪の組織かも?と考えてしまう程には得体が知れない存在だろう。悪の組織は言い過ぎかもしれないが、何か裏があるかもしれないと思われても仕方がない。

「……と、とりあえず、今日の宿題の話でもしようか」
「マジメかよ」
「マジメだよ」

 依織は至って真面目に答えたはずなのに、宇佐見はじっと見つめた後、吹き出した。

「ああ、そうだっだな。アンタ、真面目だった気がする」

 そう言いながら肩を揺らした彼は、酷く近しいクラスメイトに見えた。


***


「此処って本当にスタジオなのか?」

 宇佐見響也の第一声に、依織はビクリっと肩を縮めた。
 怪訝な表情を浮かべるクラスメイトはどう考えても、正しい。
 有限会社『ロジカルベア』のオフィスは極めて古い。赤茶色の煉瓦造りで誤魔化されて、クラシカルだと言い張っている。
 熊貝がどこからか買い取ってきた雑居ビルを改造しているので、内装自体に問題はないと思っている。

「見た目こそは古いけど、ちゃんとスタジオ兼、事務所だよ。一応」
「一応って……」
「ちゃんと使われたこと、あんまり無いから……」

 自ら言っていて、依織は無性に悲しくなってきた。
 蜂須賀を撮影してから数日は、スタジオの機能を全く果たせていない。
 営業部長が取ってくる仕事の大半は依織への撮影依頼や、新しく出来た雑誌や、化粧品メーカーの撮影ばかりだ。
 厳つい男が、なぜあんなにもファンシー&ガーリーな仕事を取ってくるのか甚だ疑問だった。しかし、依織は自らの経験になることだと、深く言及はしなかった。
 今日、宇佐見に見せる作品の数々もすべて雑誌やメーカーの仕事ばかりだ。男の子が喜ぶものは少ないかもしれない。
 人を撮ったものは蜂須賀くらいなものだろう。
 そんな依織の内情など露知らず、宇佐見は気を使ってか如何にも楽しみですという表情を見せた。

「まあ、見た目だけじゃわかんねえもんだよな」
「そ、そうだよ!中はちゃんとしてるから!」
「……いや、そうじゃねえと仕事になんねえだろ」
「うん……」

 尤もな言い分に僅かながら、心の硝子はヒビが入ったように思う。
 傷ついた心のままに、宇佐見をビルの中に誘導した。
 昭和然とした鉄製の螺旋階段を登り、事務所のある二階を通り過ぎた所にある撮影スタジオが完備されている三階の楽園。
 相変わらず錆びたような音をたてるドアは頼りない。
 しかし、扉を開ければそこには別世界が広がってる事を依織は知っている。

「宇佐見君、お待たせ……そして……ようこそ」
「えっ……?」
「此処が、有限会社ロジカルベアの特別フォトスタジオだよ!」
「……へぇ…ずいぶん、本格的なんだな…っていったら失礼か」
「ううん、中と外じゃ印象が違うから仕方ないよ」

 真っ白なレースに包まれた空間もあれば、煉瓦づくりのクラシカルなセットもある。奥の部屋に行けば、カントリー調のソファだってある。
 グリーンやホワイトの背景に置かれたプレゼントボックスに、中身はない。それでも華やかにその場所を構成していた。
 数日前に蜂須賀蜜也を撮影したときのままの状態で、此処は可愛いを具現化した世界を構築されたままだ。

「すっげぇ……テレビかなんかで見たまんまだな」

 先ほどまで、戸惑ったような表情しか見せていなかった宇佐見の瞳が輝きだす。そんな彼を見て、依織の心も跳ね上がっていく。
 ああ、この人なら分かってくれる、一緒に共有してくれるんじゃないかと、そんな浅ましい思いが心臓を跳ね上がらせる。
 今朝は怖いと思っていた切れ長の瞳は、好奇心に満たされている。
 今は、受け入れてくれるかもしれないという思いからか、自然と交差し合うようになった。

「宇佐見くん!こっちに来て!!!私の作った衣装ね、こっちにあるんだ!こっちはね、写真を額に飾って貰っててね!!」
「お、おい……ちょっと待てよ、もう少しゆっくり見させろってば」

 依織は宇佐見の手を引き、スタジオ内を連れ回した。
 これが楽しかった、あれが良かった等と言いながら、時々は宇佐見の質問に答えながら、ささやかな箱庭を案内する。
 誰かに、こんなに色々な事を話したことがあったのだろうか?と疑問に思うほど、依織は宇佐見に色々な事を話した。
 人にスタジオの事を話すのは、こんなにも楽しいことだったのかと驚きながらも、依織は時間を忘れそうになった。
 そして色々なものを見せた後、今日、一等に見て欲しいと感じている先日の写真データを探しだした。

「それでね、確か此処に、この前の自信作があるんだ……本当にきれいなモデルさんでね」
「あれえ?魔法使いさん浮気は関心しないなぁ」
「へ?」
「あ?」
「何、その顔おっかしいな。今世紀最大の美青年を見て、喜ぶかと思ったのに。ていうか、その男、誰?」

 絶世の美少年はじっと宇佐見を見つめていた。
 ゆったりとしたジャージ姿の男は、青年と言うには愛らしいが、少年と言うには成熟しすぎている。

 それが、依織が思う、蜂須賀蜜也に対する印象だった。

 メイクなど必要の無いほど、血色の良い顔立ちは、不機嫌そうに歪んでいて、折角の美貌が台無しになっている。
 突然現れた蜂須賀に驚きの眼差しを向けながらも、依織は口を開いた。

「は、蜂須賀さん?なんで此処にいらっしゃるんですか?」
「なんでって……なんか社長に呼ばれたからだけど?そしたら、魔法使いさんが他の男に夢中なんだもん、なんだか僕、妬けちゃうなあ」
「紛らわしい言い方はやめましょうよ」

 拗ねたような口調は少女のようで、いけない物を見ているような気持ちにさせられる。
 蜜也と会話する度に、コケティッシュな魅力を持った彼の雰囲気に思わず気圧されてしまう。 
 さも思慕の念を抱いてるかのような口調で依織に話しかけてくるが、彼の特長であり、他意はない事は解っているのだ。まさに小悪魔と称するにふさわしい、思わせぶりな性格をしていた。
 飄々とした蜂須賀に、隣にいた宇佐見は目を白黒させながら、困惑のままに、自らを指さした。

「え?え?あ……俺、もしかして邪魔者?」
「ほら!宇佐見君が勘違いしてるじゃないですか!」
「モデルと芸術家は恋人同士みたいなものだって、何かで読んだけど?あんなに僕の事、可愛がってくれたのに酷いなあ」
「蜂須賀さん、貴方がそういう事を言うと本当に洒落にならないですって……!!」

 これは面白がってる表情だ。
 完全に蜂須賀にペースを取られてしまったと、依織は口元に笑みを湛えている蜂須賀の様子に頭を痛めた。
 以前の撮影の時も感じていたが、彼は少しだけ意地悪な一面があると依織は思っていた。
 先日の撮影でも、依織が何かの拍子で慌てふためく度に、面白可笑しく眺めている事も少なくはなかった。
 含みのある言葉ばかり選ぶ蜂須賀に対し、場をつかめていない宇佐見の姿は対照的すぎる。

「おい、紡木、いったい…コイツ、なんなんだ?」
「えっと、うちの所属タレント第一号です」
「え、こいつが、ゲーノージン?になんのか」

 俺の知ってる芸能人と違う気がする。ぼそりとこぼした言葉に依織はうなだれるしかなかった。
 彼はこれから売り出していく人材なのだから、知らないといえば当然だ。
 しかし、宇佐見の言葉のニュアンスは少しだけ違ったように感じた。
 そのことに蜂須賀も気がついたのか、怪訝な表情で彼に詰め寄った。

「なに?文句あるの?圧倒的に君より僕の方が可愛いから当然だと思うけど?」
「は?男に可愛いも何もねえだろ」
「何言ってるの?人に誉められる言葉の種類に、いいも悪いもないよ」

 蜂須賀は迷いもなくその言葉を言い切った。
 たしかに、誉められることは良いことだ。しかし、蜂須賀の言葉には違和感が残る。
 まるで、そこに自分の感情など必要がないかのような言い方に依織も宇佐見も少し戸惑った。

「え、いや……男ならかっこいいって言われる方が、嬉しいだろ……普通に、考えて」
「嬉しい?自分の感情に周囲の評価になんの影響も及ぼさないし、意味ないでしょう」
「アンタ、難しい事いってんな……ナルシストの癖に、自分の感情どうでもいいとか変だろ」
「別に変じゃないよ。客観的な事いってるだけだ。僕は、商品になったんだから、周りの評価が全てになる。それだけの事だよ」

 違う、そうじゃない。依織は彼の言葉を否定したがったが、言葉が旨く出ない。
 商品価値としての話は間違ってはない。

 しかし、それでは感情のない人形になってしまう。

 依織や、熊谷は人形を商品にしたいわけではない。一人の人を、芸術としての人物を提供したいのだ。
 そこに必要なのは蜂須賀の感情なのだ。
 彼はそんなものは要らないと、必要のない覚悟を持って、此処にいるようだ。
 そうじゃない。必要なのは蜂須賀の豊かな感情だけあれば、輝く。
 確かに彼の見た目に惹かれ、そして惚れ込んだ。
 でもそれだけじゃない。
 蜂須賀蜜也そのものを商品として、依織達は見たくなったのだ。
 それを伝えたい、と一歩踏み出そうとした瞬間に、宇佐見が口を開いた。

「アンタ、夢とかねえの?芸能界ってやりたい事するために、入るんじゃねえの?」
「別に、君に関係ないでしょう。部外者なんだから」
「関係ねえけど、何となくアンタは違う気がする」
「宇佐見君……?」
「なに?初対面の君に、そんなこと言われる筋合いないんだけど」
「まあ、そうだな。でも、コイツには悪いけど、俺は絶対にアンタがデビューしても応援しねえ!!」
「別に、君くらいの年の子がターゲットじゃないから、ご自由にどうぞ?」

 不穏な空気に依織は、胃を痛めることしか出来なかった。

ストーリー
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