ハニー?バニー!ビーツ♪SS

ストーリー

  04 彼女は魔法使いではない  






「あ、あのぉ……蜂須賀さん、レッスンはどうしたんですか?」

 蜂須賀と宇佐見のにらみ合いに耐えきれず依織は口を開いた。

「あまりやりすぎても意味ないから、今日は早めに切り上げてくれたんだ。いつも君は此処にいるからね、ついでにオーディション用の写真撮って貰いたくて」
「そうだったんですか……それで、急にいらしたんですね」

 そういえばスケジュールにそんな事が書いてあった気がする。
 どこから仕入れてきたのか解らないオーディションスケジュールに、常々困惑するが、蜂須賀と事務所の為だ。
 スタジオのトレーナーからも基礎的な筋は良いと誉められていると熊貝から聞いた。これだけ麗しいのだから一瞬でも目に留まれば飛躍するチャンスはいくらでもある。
 ニコニコと蜂須賀の話を聞いていると、蜂須賀が宇佐見を人目見てから、何を思ったのか唇が意地悪く歪んだ。

「でも、魔法使いさんってば男の子とイチャイチャしてるんだもん。もう妬けちゃうよね」
「イチャ……んな事してねえよ!!」
「う、宇佐見君!蜂須賀さんに他意はないから!ないから!」

 否定すると余計に恥ずかしいから、やめて欲しい。
 顔を真っ赤にして吠える宇佐見を抑えれば、おとなしく動きを止めた。根は素直で大人しい質のクラスメイトだとわかり一安心する。

「真っ向から否定されても複雑……じゃなくて、お前はコイツのなんなんだよ!」
「シンデレラ」
「は?」
「え?」
「う〜ん、人魚姫でも良いけど泡になって消えるのはイヤだよね。海とか魚は好きだけど」

 人差し指をくるくる回しながら、不思議発言をする蜜也に違和感はないが、言動自体は問題きわまりない。
 なぜたとえ話をダイレクトに繰り出してしまっているのか、意味が分からない。この仕草も態となのだと思うと、依織はまた頭が痛くなった。

「おい、こいつ電波系で売り出すのか?事務所は大丈夫か?」
「き、キラキラ王子様系だったはずなんだけどね」
「ちょっと、そこの二人聞こえてるから。ていうか、さっきまで演技の稽古だったから芝居っぽくなっただけ」
「そ、それはよかった」「いや、よかねえだろ」

 確かに良くはない。
 それでも彼が、電波か電波じゃないかでは大違いなのだ。
 あだ名が"魔法使いさん”の辺りで、少し気になる部分ではあるが、蜂須賀の魔力により違和感は拭われている。
 舞台を見ているかのように華がある仕草に、依織は一瞬惑わされる。

「蜂須賀さんは可愛いから、いくらかは誤魔化せると思うの」
「いや、誤魔化せねえだろ」
「僕が可愛いのは当たり前でしょう?何言ってるの?……ああ、ダンシコーコーセーには、ちょっと眩しかったかな?」
「おい、コイツの言動ぜってえだめだろ!あと、なんか腹立つ!」
「現在進行形で、僕が君に腹立ってるんだけど」

 え、結局、喧嘩始まっちゃうの!?
 再び始まった二人のにらみ合いに依織は、苦笑いを浮かべることしかできない。男二人の小競り合いの仲裁どころか、女子同士のキャットファイトですら、まともに取り合ったことがないのだ。

「ねえ、どうしてさっきから彼女介してじゃないと喋らないの?コミュ障なの?」
「こみゅ……ちっげーよ!お前と口利きたくないだけ!」
「ハア?うっわ生意気なんだけど!!純粋にイラッときた」

 二人の間をオロオロしている間にも、蜂須賀は過剰に宇佐見をあおっていくのだから、恐ろしいものだ。
 彼の何がそれほど気にくわないのかもわからない。それとも、イジればイジるほど反応を示す宇佐見が面白くて仕方ないのだろうか?
 今後のクラスメイトとのやりとりに、支障を来すので心底やめていただきたい所存だ。

「ふ、二人とも落ち着いて!あ、そうだ!事務所でお茶でも飲みながらゆっくり……」
「依織〜!お前、いつになったら高校生紹介してくれんだ!?……っているじゃーん!!」
「あー!!クマと不審なサラリーマン!!」
「うっわ、面倒なやつらが来た」
「あちゃー、来ちゃったー」

 ほぼ三人は同時に熊貝に対しての悪態をついたのではないかと感じた。
 蜂須賀に関しては、雇い主に対する態度ではない位に顔をゆがめている。権力者には積極的に媚びていく様を見せているように見せかけて、意外にも好き嫌いはあるご様子だ。
 登場とともに罵声を浴びせられたアンドロイド型のぬいぐるみから、監視しているは中の人はカチャガカチャと音を立てている。

「指さすんじゃねえよ、クソ餓鬼!蜜也も、面倒とはなんだ面倒とは!偉大なる社長だぞ?代表取締役だぞ?偉いんだぞ?」

 秘書兼事務所マネージャーである、音無の頭の上によじ登りふんぞり返る熊型アンドロイド。
 音無が無表情のせいで、より滑稽な絵面に伊織たちは顔をひきつらせるしかない。
 いち早く反応を示したのは、やはりトップオブ毒舌マンの蜂須賀だった。色っぽくため息を吐き出しアンニュイな表情を作るが、恐らく口からでるのはただの暴言だ。

「社長なら姿見せなよ……男子高校生のコミュ障より質悪いよ?」
「うぐっ!!これには止むにやまれぬ事情があってだな……」
「大した事情じゃないんでしょ。僕、ちゃあんと魔法使いさんに聞いたし」
「た、大した事情だよ!コミュニケーション恐怖症にとって生身の人間ほど恐ろしい存在はないんだよ!お化けよりも怖いわ!」
「その年でお化け怖がんないでよ。ていうか、ただの引きこもりじゃん。むしろニートに近いよ」
「ニートじゃないもん、資産運用しながら事務所経営してるもん!ちゃんと経営できる予定だもん!!おい、依織!音無!目を逸らすな!!」

 いかせん所属タレントが実質0人なのだから経営も、収益も何もないのだ。そのことについて、改めて考えて頭を抱えたくなった。
 社長コミュ障、マネージャーコミュ障、さらにスタイリスト兼スタジオカメラマンも、コミュ障なのだから手に負えない。
 唯一まともなのは、現在も営業にでている男ぐらいではないだろうか。有限会社ロジカルベアは本日も優秀なスタッフを募集しております。

「つうか、それ本当にどうなってんだ……ちょっと怖いんだけど」
「中がラジコン式のアンドロイドになってて、それにきぐるみを被せてるんだよ。生地もこだわってウール100%なんだよ、クマだけど」
「絶対に着ぐるみ作ったの、お前だな?お前なんだな?」
「え、なんでわかったの!?」
「お前の態度で解らない方がおかしいだろ!?」

 そうかなあと、依織は首を傾げたが宇佐見はうなだれた。依織はまた何か間違ってしまったらしい。
 宇佐見はため息をひとつ吐き出し、辺りを見回していた。
 疲れ切った表情は何を考えているのかは悟ることはできないが、遠い目をしているので触れない方が良いのかもしれない。
 依織が心の中で宇佐見に気を使っていると、お騒がせロボットは大胆にも宇佐見に近づいていた。

「ったく、めちゃくちゃだな……って、うわっ!急に目の前にくんなよ!」
「ふむふむ、肌質も申し分ないな。声も良いし、手足もデカいから、これからも身長は伸びるな。喜べ男子高校生、合格だぜ?」
「合格だあ?なに、人のことを、勝手に、品定めしてんだよっ!っと!と!」
「へへーん、捕まえられるもんなら、音無を倒すんだな!!」
「なんだ、このサラリーマンとロボ!大人げねえ!!うぜえ!!」

 190越えの音無が持ち上げているロボを必死で取ろうとする、175の宇佐見のやりとりは心底シュールだと依織は感じた。
 でも少しぴょんぴょんと飛び跳ねる宇佐見は、普段見ることができない貴重な姿だと思う。

「アハハ!君、全然とれてないじゃん!!」
「うるせえぇえええ!!なめんな!!ぜってえ潰す!!おい、リーマン!そのッ、クマッ、寄ッ越せ!」
「誰が潰されるか!!音無、飛べ!飛ぶんだ!!」
「…………」
「って、おい!俺を投げるな!!」
「ざまあみろ!!」

 なんというか、このやりとりの不毛すぎる感じを止めなくても良いのだろうかと依織は思った。
 隣で眺めている蜂須賀も呆れた様子で眺めている。どうやら宇佐見をイジるのに飽きたらしい。

「ぴょんぴょんと、よくやるねえ……男子高校生ってやっぱり馬鹿な生き物だよね」
「なんだかうさぎっぽいですね、宇佐見くん」
「あんなデカいのがウサギにみえるの?魔法使いさん、目可笑しいよ。僕の方がぜったいウサギっぽいよ、可愛いしっ」
「いや、ちょっと違うと思いますよ」

 ピースポーズにウィンクまで決められると反応に困るので控えてほしい。
 依織は苦笑いを浮かべ、そっと反応を明後日に持って行った。
 そんな依織に、蜂須賀は面白くなさそうに再び宇佐見たちの方を向いて、本日何度目なのか解らないため息を吐き出していた。

「ねえ、あの子もタレントにするつもりなの?」
「さあ……私にはどうにもする事はできませんからねえ」
「……あの子、ダンスとか上手なのかな…歌も上手だったりするのかな…?」
「蜂須賀さん?」
「あっ、えっと……ごめん、なんでもないよ。」

 不安そうに呟かれた言葉に驚き、蜂須賀を見た。
 しかし、蜂須賀は彼らしくない表情で両手を振って笑っていた。

「これからどんなにタレントが増えても、ロジカルベアのタレント一号は蜂須賀さんですよ。安心して下さい。」
「うん……そうなんだけどさ……そういう事じゃないんだけどなあ」
「えっと、何が蜂須賀さんを不安にさせてるんでしょう?」
「勝手に僕が不安になってるだけだよ。気にしないで」

 蜂須賀は読めない表情で、誤魔化すように依織の頭を撫でた。
 出会ったばかりの彼に踏み込めるような度胸は今の依織にはなかった。何か、不安に思っているなら少しでも力になりたいと思っている。
 それでも、蜂須賀にとって依織に頼ると言うことはあまりしたくないことなのだと思う。男の人はそういうものだと、熊貝が口を酸っぱくして言っていた。
 いつか、蜂須賀が話してくれる日まで、打ち明けてくれる日まで、どれくらい掛かるかは解らない。
 それでも、大切な事務所のタレントを守りたいと下っ端ながらに依織は感じていた。
 どこか寂しげな蜂須賀の背を、依織はただじっと見つめることしか出来ないでいた。

「ねえ、魔法使いさん」
「は、はい!なんでしょうか」

 彼の本当の魔法使いに、依織はなれるのだろうか?
 願掛けのように呼ばれている、この不思議なあだ名は意外と嫌いではなかったりする。
 町中で呼ばれると流石に困るけれども、いつか彼の中にあるものを魔法で吹き飛ばせるように頑張りたい。

「社長の着ぐるみ、剥かれてるけど大丈夫?」
「へっ?って、ちょ、何してるの!?」
「あ、ヤベ……壊す前にちょっと、気になっちまってさ……これ、チャックとかじゃねえんだな……マジックテープってお前」
「ざ、材料費の問題で……ってそういう事じゃない!壊しちゃダメだよ!!」

 好奇心に身を任せて行動するの良くないと思うな!
 しかし、宇佐見の好奇心はとどまるところを知らない。依織の制止の声を無視してどんどん皮を剥いでいく。
 熊貝の忠実な奴隷だった筈の音無はめんどくさくなってしまったのか、撮影用のソファに座ってしまっている。彼は案外薄情なところがあるので、仕方ない。

「すげえ……剥いたら、結構本格的なの出てきた。気持ち悪いな」
「うわ、すごい……僕も始めてみた……気持ち悪いね。」
「可愛くないから、やめてって言ったのに……」
「これが社長と思うとぞっとするなあ」
「お前等、よくこんなのの指示聞いてたよな。完全に悪の組織だぜ」
「どうしよう、俺本体じゃないのにめっちゃ傷つく……」

 むき出しになったメタルボディの熊貝の分身ははまったく可愛くない。
 鋼の体は、耳もなければ愛くるしいしっぽもないのだ。どちらかと言えば小さな人体模型の雰囲気が近い。
 三人で小さな模型のようなアンドロイドを囲むというシュールな状況だと思う。
 そんな空気に耐えられなくなったのか、むき出しのアンドロイドからか細い熊貝の声が再び流れ出す。

「もう良いから、大人しく事務所に来い。」
「は?事務所?なんで、てか俺もう帰りてえんだけど」
「誰が帰すかよ!正式にお前をスカウトすんだよ。なあ、宇佐見響也君?」
「スカウト?」
「最悪」
「あ、あはは」

 変わり始めた空気に乾いた笑いで、誤魔化すことしか今の依織には出来ない。
 



 
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