ハニー?バニー!ビーツ♪SS

ストーリー

  05 少年たちはここから輝く  





 依織の視界には見慣れた事務所の様子と、見慣れない美しい男が二人が並んでいる 

 二人が座っている真っ黒な皮ソファは少しだけヤのつく自由業っぽいので、依織はあまり好ましく思っていなかった。
 芸能事務所なのだから、少しはオシャレな喫茶室ぐらいの雰囲気作りをしても良いのではないかと思うのだが、贅沢だと音無が眉を潜めた事も覚えている。
 お茶を運ぶために、三つのデスクを通り過ぎた。通常ならば社長が佇むデスクがあるはずだが、我が社にはそれがない。
 熊貝が表に出るわけがないので、従業員三人分のデスクで十分なのだ。依織の分も必要ない位だが、そこはご愛敬というものなのだろう。
 給湯室からも聞こえていた、宇佐見の不満そうな言葉や、蜂須賀の何を考えているのか解らない相槌ちに、依織は内心おびえることしか出来ないでいた。
 フルーツや植物の描かれたお気に入りのティーカップをそっと蜂須賀の前に置けば、彼は小さくお礼を言った。
 同じように、宇佐見の所にも紅茶の入ったティーカップを音を立てず置くはずだった。

「は?タレント!?」
「ちょっと、君、うるさいんだけど」
「そうそう、蜜也が一号、お前が二号な」
「そんな仮面付けたバイク乗りみたいな言い方しないでよ」
「なんで遠回しな言い方なんですか?」
「色々なところへの配慮」

 これ、おいしいね。
 マイペースに紅茶の品評を始める蜂須賀は優雅に構えてる。どのような状況でも、曲げない姿勢を依織も見習うべきなのかもしれない。
 現実逃避をしている依織を余所に、ロボクマ社長と男子高校生の攻防戦はヒートアップしていた。

「そんなんどうでもいい!!俺、興味ねえから、断る」
「興味ねえこたあねえだろ、文化祭でメインボーカル5曲、ぶっ続けでしちゃう位なんだからさ」
「それとこれは別だよ。だいたい、俺、人前に立つような顔じゃネエし!!絶対無理!!」
「は?何言ってんだ、お前」
「いや、宇佐見君は人前に立つ顔だよ?」
「僕ほどじゃないけど、人前に立っても十分だとは思うけど」

 宇佐見の爆弾発言に、その場にいた全員は驚愕のまなざしを彼に向けた。
 音無は、スマートフォンから如何にも驚いているというような画像を出している。彼は本当にそろそろ、声を出して自分を表現してほしい。
 全員の言葉に宇佐見は首を傾げつつも、うろたえた。彼は本当に無自覚だったらしい。由々しき事態だ。

「何言ってんだ?普通くらいだろ、こんな顔。どこにでもいる」
「いやいや、お前みたいな顔、蔓延してたら世界中美形だわ!」
「普通はいないから、そういう顔の人!!フツメンの人たちに謝った方がいいよ!?むしろ私に謝って!!」
「え、なんかごめん」
「なんで謝るの!!」
「え、えー!?俺にどうしろっていうんだ!?これ、俺が悪いのか?え、マジで?」

 全く自らの価値を理解していない宇佐見に勢いよく詰め寄れば、本人は目を白黒させて困惑の色を見せていた。
 困惑したいのはこちらだと依織は息を巻くが、依織と宇佐見の間に蜂須賀が、「落ち着きなよ。」 と間を入れた。 

「魔法使いはちょっと極端だけど、君、もう少し客観性もった方がいいよ」
「は、はあ?お前等、俺の事だまそうとしてんだろう!ぜえったいそうだ!!」

 なぜ、彼はこんなにも自分に自信がないのか、依織はひたすらに首を傾げたくなった。
 同じ事を蜂須賀も考えていたのか、深くため息を吐いている。彼は、宇佐見の眉間をぐっと押し出し、むっとした表情で口を開いた。

「君のことだまして、どうすんの?君、なんか価値のあるもんでも持ってるの?持ってないでしょう?」
「そ、それはそれで失礼だな!!」
「うるさいなあ、いちいち噛みつかないでよ。一体、どんな人生送れば、そんな事言えるんだか……謙遜でも失礼なレベルだよ」
「な、なんでそこまで言われないといけねえんだよ……」

 少しふてくされるようにソファに座り込んだ宇佐見の表情は、どこか泣きそうだった。依織は言い過ぎたかもしれないと思ったが、彼にはもっと自信を持ってほしいとも感じた。
 伏せられた切れ長の瞳に縁取られたまつげは長く、瞳の間を通る鼻筋もまっすぐに整っている。横顔も均整のとれた高い鼻は、西洋人のようだし、今はへの字を作っている唇も薄いが形が良い。
 どこからどうみても、造形の整った顔をしている。幼い頃はお人形さんのようだと言われたに違いない、きれいな顔だ。
 蜂須賀も綺麗だが、彼は眼も大きく、女性的な美が強い。
 宇佐見の目の下にある泣きボクロはセクシーだし、どんな表情をしても得に動くだろう。手足も長く、モデルの仕事を始めれば引っ張りだこに違いない。
 それに、彼の笑顔は純粋に綺麗だ。美しいと思う。
 笑顔がすてきなことは、タレントにとって大きな魅力の一つなのだ。


「宇佐見くんは、かっこいいんだよ!!」
「おま、なっ、いきなり」

 綺麗に磨かれた漆塗りの御盆を鏡代わりに、宇佐見の姿を映して見せたが、明確な姿は映らない。
 ずいっと漆の塗られた板を差し出された宇佐見は、動揺したのかソファの上で体を跳ねさせた。漆じゃわからないと、慌てて依織は近くにあった蜂須賀の鏡を拝借した。
 蜂須賀の「ちょっと!」という制止の声も耳に届くこともなく、色は宇佐見に決死のアピールをした。

「どこから、どうみても、すっごくカッコいいんだよ!」
「ちょ、やめろ!!……だ、だから、そんな訳ないだろ!?」
「どうして決めつけるの?」
「それは……」
「根拠は?誰かになにか言われたの?」
「うっ……そんな理系の上司みたいな聞き方やめろよ……こえーよ」

 宇佐見は威圧的な依織におびえながらも、しょんもりとした声でボソボソと言葉を紡ぎ出した。

「……この釣り目、怖いって言われるし」
「クールでかっこいいよ!」
「背も……高くて邪魔だろうし……」
「宇佐見君より高い人なんて、たくさん居るよ」
「俺、ちょっと変だし」
「私も結構変だよ!大丈夫!!」

 宇佐見の言い分をどんどん看破していくが、どうにも彼の表情は晴れない。
 彼の悩みは、依織にとっては些細な事だった。
 こんなに素敵な人だと思うのに、彼の中のコンプレックスは優れた容姿に対するもので不思議だという気持ちばかり沸き上がる。
 両手で顔を覆い隠す、目の前の宇佐見響也という人を依織は深く知らない。
 同じクラスの、女子から羨望のまなざしを受ける、クールな男の子の表面上の彼しか知らないのだ。

「俺は……コイツみたいに、綺麗でも可愛くもねえだろ……愛嬌もねえし」
「宇佐見君、笑うと綺麗だよ……確かに、普段、無表情の時は何考えてるのかわかんないけど……でも、今日、見た……宇佐見君の笑った顔は綺麗だったよ」
「おまっ……そんな、コト、言うな……そういういみじゃない、くて……」

 宇佐見は、俯き加減で手を遊びながらぼそぼそと尖らせた口を動かす。その姿は、幼い少年にしか映らない。

「歌も、得意じゃネエし……ダンスも、出来ねえし、演技なんてもってのほかだ。バラエティなんてとんでもない」
「それは僕も同じなんだけど、何?遠回しにディスってんの?」
「違う!そうじゃない!」

 不機嫌な蜂須賀の声を覆うように、声を上げる宇佐見の表情は真っ赤だ。

「俺は、全部……中途、半端だから……口だけだから」
「宇佐見くん、文化祭のステージに立ってる時は楽しそうだったよ。堂々としてた」
「それは……」
「あの時、楽しかった?」
「あれは……楽しかった。歌ってると、気分がすっとして高揚した。歓声も気持ちよくてさ、嗚呼いいなって思ったよ。」

 宇佐見の目にはかすかな光が宿り始めた。この目を依織は知っていた。昔、焦がれてやまなかったあの人の目と似ているし、目の前の蜂須賀にも酷似した目だ。


「でも…それと、これは違う。おまえたちの望んでるのとは違うんだよ」
「違わない。きっと、違わないよ」

 もったいない。もったいない。もったいない。
 依織の頭の中では、そんな言葉が渦を巻いていた。きっとやれば分かるのだと、きっと好きになってくれるのだという妙な確信があったのだ。

「もう一回、ああいう気持ちになりたくない?」
「あのときの気持ち……」
「文化祭の時の宇佐見くん、こっちの人だなって思った。きっと、変わるよ。」
「変わる?」
「うん。きっと一生のお仕事として考えられないかもしれない。でも、宇佐見君の人生で絶対に必要だって、思うの。宇佐見君、カッコいいよ……すてきな人だよ、それをもっとわかってほしい」
「……お前、なんで、そんな…………」
「自分のこと、悪く言わないでほしいな。きっと、みんな、宇佐見君のこと好きだから」

 依織は宇佐見の手をそっと包み込んだ。この大きな手は、きっとたくさんのファンが焦がれるものになる筈だと思いを込めた。
 これから何万にもの人間が彼を好きだと言うだろう。たくさんの歓声に包まれる。光の中にとけ込むような、そんな予感がした。

「アンタも、イヤか?」
「え?」
「アンタも、俺が、俺を否定すんのイヤ?」
「イヤだよ。だって、私、今日一日、話してて宇佐見君のこと好きだなって思うもん」
「す、好き!?」
「あっ、いや、そうじゃなくて!」

 素っ頓狂な声に依織は驚き、慌てて握っていた手を離した。そうだ、なんか、勘違いするようなこといっぱい言った気がする。必死で否定するのも、彼の決意を無駄にしそうだし、何よりイケメン様に失礼な気さえしてしまう。
 依織と宇佐見はどうすることも出来ずにアタフタしてしまうが、そんな二人の間を凛とした声が突き刺す。

「何、調子乗ってるの。魔法使いさんはそういう意味でいったんじゃないよ、人間的な意味だから」
「わ、わかってんよ!!」
「はあ、本当かな?これだから、男子高校生は……」
「バカにすんな!!」

 本当にこの二人、相性が悪いな……依織は言い合う二人を眺めて苦笑いを浮かべた。
 この二人が、事務所の二枚看板になるのかもしれない。そう考えると些か不安な気もしてくる。
 しかし、宇佐見が芸能活動を決めてくれるまであと一歩のような気がしてきた。なにか……決め手になるものがないだろうかと、思案を巡らす。そして、事務所に飾られた一枚の宣材写真を見つけた。

「宇佐見くん、宇佐見君さえよければ……一度、撮らせてくれないかな……」
「撮らせてくれって、どういう意味だよ……」
「……もし、その一回でなんか……イヤだなあって思ったら、もう考えなくて良いから……一回だけ、撮ってみて考えてくれない?」

 蜂須賀が依織を魔法使いみたいだと言ったみたいに、宇佐見にも魔法をかけられるんじゃないかと、夢みたいなコトを考えた。
 きっと効き目は一回だけだ。その一回さえ、あれば、きっと宇佐見もきっと……そんな願いを込め頭を下げる。

「魔法使いさん……そいつの写真撮るのもったいないんじゃない?頭も下げないで」
「蜂須賀さん……?」

 下げた頭を蜂須賀が手で制した。彼の目はどこか悲しげに映った。

「君はそういうコトをする人間じゃない。自ら撮ってくださいって、言うくらいの人だよ。この子がいなくたっていい、僕ががんばるのじゃダメなの?」
「違うんです。私が、宇佐見君の事も、もちろん蜂須賀さんも撮りたいんです。わがままなんです。違う魅力の二人を撮りたくて、撮り続けたくて、私なんかが、宇佐見君も蜂須賀さんも、写真とるのもったいない位なんです……私のわがままです」
「お前……バカだろ……」
「うん、バカかもしれない。でも、すごいかもしれないよ」

 バカと天才は紙一重。そんな言葉が頭の中に浮かんだ。

「君、こんなに女の子に口説かれてるんだから、恥ずかしいとか言うのナシね」
「言うわけねえだろ……撮るからには、ちゃんと撮れよ」
「うん……撮るよ。すっごく素敵に。頑張って撮るから……」

 依織は宇佐見に力一杯、カメラを見せた。世界で一番すてきな男の子にしてみせると、そんな願いを込めてシャッターを押そう。そう心に決める。

 後日、そのときに撮った写真が世間の話題になるなんて、思いにもよらなかったのだった。

****

 スタジオで煌びやかに撮られる男子高校生を見ながら、心の中でモヤモヤした気持ちが生まれるような感覚を覚えた。
 こないだまで、諦めていた事だから、嫉妬なんて感情生まれなかったのだ。蜜也は自嘲するように笑みを漏らした。

「妬けちゃうよねえ、あんなに情熱的に口説かれたらやるしかなくない?」
「なんだなんだ、燃えちゃうのか?燃えちゃったのか?」

 機械音を立てたテディベアがガシャガシャと音を立てて、煽ってくる。この男の中身がコミュニケーション能力皆無の引きこもりだと考えると、苛立ちが募る。今度、本体に合ったときにいじめてやる……そう決意し、蜜也は自称社長に言葉を返した。

「別に、関係ないし。僕は、僕でやるだけだよ……」
「ふうん。そうか……なあ、お前のやりたいこと、見つかりそうか?」
「さあね……まだ、始まってもないし……」
「まあ、見つからなくても、俺たちが見つけてきてやるからさ」
「自主性ゼロじゃないか」

 見つけろじゃなくて、見つけてやる。

「いいんだよ。そういうので……最初はそんなもんなんだよ、ゲーノー人って言うのはさ」
「……まあ、いいや。もうちょっとだけ、曖昧な魔法に掛かっといて上げる」
「解けるつもりないくせに、何いってんだか」
「存分に、僕の事プロデュースさせて上げるんだから、社長も音無さんも、魔法使いさんも、ウサギくんにばっか構うのはやめてよ?」
「どっちも平等にする方法は考えてあるから、問題ねえよ」
「そう?それなら、良いけどね」

 せっかく僕を捧げてあげるんだから、ちゃんと輝かせてくれなきゃダメだよ?そんなことを喋らないサラリーマンと、五月蠅い機械に語りかけた。


 
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