ハニー?バニー!ビーツ♪SS

ストーリー

  前日譚 宇佐見響也の場合  


 そのミッションは簡単でいて、難しい。

 誰にも見つからないように、バレないように、わからないように、息を潜めて過ごすのは、案外難しい。
 隠すくらいなら、止めればいいと、姉たちは口を揃えて、俺にそう言ってきた。
 人に言われて、止められるモノだったら良かったのだ。
 人に言われても、止められなかったから、俺はこうして困っているんだ。

 好きな色は青と答える。(それ以上に、ピンクも好きだ。何故なら可愛いから)

 聴いている音楽はと、美容院で聞かれれば、流行の邦楽ロックバンドの名前を答える。
 (渋谷系サウンドも、おしゃれで可愛いから好きだ。エレクトロニックな電子サウンドだって、もちろん嫌いじゃない。)

 大きな矛盾、小さな誤解。

 声を大にして、好きだと言ったところで、誰しもそれは嘘じゃないのかと疑われ、女子かよと、ネタだよね?なんて、笑われると知ってから、口に出さなくなった。
 ひっそりと、厳かに、それでも、楽しむことが、いつのまにか当たり前になっていた。
 可愛いものが好きなことが、悪いように考えるようになっていた。
 それは、自分が大人になったのか、男になったのか、どう捉えていけばいいのか、飲み込めばいいのか、未だに分からない。
 ただ、好きだという言葉を発しようとする度に、息を飲み込むような、感覚の、胸の支えの、気持ち悪さだけが、気掛かりで仕方ない。

「(テストも終わった、提出課題も特に無し…)帰るか……」
「おーい、響也ァ!ゲーセン行こうぜ!せっかくテストも終わったんだし!」

 教室の喧噪などお構いなしに、投げ掛けられた明朗な声に、帰宅準備を進めている、手を休めた。
 明るい髪色をワックスでアレンジを加え、今日も遊びに日々、命を懸けている友人は、テストの開放感からか、テンションは高めだ。
 今日も、ショッキングな色合いの派手なパーカーは、女子受けが良いらしいと、どこ情報か分からないものを鵜呑みにして、蛍光色のものを着用している。
 普通ならどうだろうと首を傾げたくなるものだと思うのだが、友人 円(まどか)直虎(なおとら)は、平然と着こなしていて、純粋にスゲエ……と毎朝、俺は輝かしい蛍光色に目を向けていた。

「あー、ゲーセンか……んー」

 友人の明るい声掛けに、一瞬、応じてしまおうかと思ったが、今日は前々から決めていた予定がある。
 今日を逃すと、次のチャンスはいつくるか、全くわからないのだ。
 しかし、このテスト後の爽快感のままに、ゲームセンターで遊ぶのも悪くないと、思っている自分がいるのも、事実だ。
 魅力的な誘いに、返答を詰まらせていると後ろから肩を叩かれた。

「響也、貴様に、俺の華麗なるドライビングテクニックを披露してやろう」
「いや、お前は何キャラだよ……」
「俺は、このテスト期間は勉学に勤しむことなく、ドライビングテクニックを磨いてきたんだぞ!すごくないか!?」
「すごくねえよ・・・そこは勉強しろ。だから、お前は、メガネかけてるのに、バカなんだよ」
「メガネキャラが、皆、賢いと思うな!!俺の視力低下はゲームのやりすぎだ!!」
「いや、竜二、そこは、誇っちゃだめだろ……」
「嗚呼、うん……俺が悪かった」

 真面目なのか、なんなのか分からない顔で拳を握りしめる竜二を、横目に見ながら、俺は溜息を吐き出した。
 バカばっか……と思いながらも、そんな奴らに爛々と付き合っている俺も、バカに違いないだろう。
 羽交い締めにしてくる竜二と、円をすり抜け、帰宅作業を再開した。

「行きたいけど、パス」
「えー!何でだよ!!俺と一緒に踊り狂ってギャラリーの注目を集めて、桜女子との合コンをだな・・・」
「いや、そういうの興味ねえし。大体、今日は用事あるから」
「響也は、クールすぎる。もっと熱くなろうぜ?お米とか食べようぜ?」
「さっきから、竜二は何キャラなんだよ。テストで、頭可笑しくなった?」

 彼女が出来たって、本当の事を知られたら、きっと格好悪いって笑われる決まってる。彼女には、格好いいって思って貰いたい、しかし、自分の趣味を考えれば、それは不可能な気がしている。
 俺だって、ただの男で、円や竜二と同じ、男子高校生だ。
 異性の目くらい気になる。興味ない振りをするのは、その方がカッコいい気がするから、我ながらくだらないと思う。
 いっそのこと、円位のオープンさで、女子に声を掛けたいが、目つきが悪いせいか怖がられるのがオチだ。

「用事?なになに?合コン?ま、まさか……お前デートか!?」
「円は、本当に、女の事しか考えてないんだな……」
「言ってやるな響也、コイツも、彼女いない歴=年齢を払拭するべく必死なんだ」

 俺もなんだけど……とか言ったら、イメージとか崩れる?
 普段はデカい図体で、澄まし顔で佇んではいるが、本当は円みたいに女子に興味津々だ。
 話す勇気はない、だからバカをやってる円や竜二の横で、女子の様子を伺うことしか出来ない。
 同級生の女子から、「宇佐見くんって、クールで近寄り難いよね」なんて言われたのを聞いたときには、ショックのあまり泣きそうになった。
 やはり時代は、草食系よりも肉食系だと悟った瞬間だ。

 そんな事を考えていると、目の前には不満げな表情を浮かべる円が、じっと俺のことを見つめていた。
 なんだ、なんだと、見つめ返せば、円は急に叫びだした。

「健全な男子高校生なら、当たり前だろ!響也みたいに、恵まれたイケメンには分かんねえって……この、雰囲気イケメンを作り出す苦労がッ!とりゃっ」

 お前、情緒不安定かよ!!なんて、キレの良いツッコミを、繰り出すようなキャラではない俺は、円の手の餌食になってしまった。
 イケメン、イケメンって、さっきから人のことを例えてくれるのは構わないがが、同じ男から褒められても、特に嬉しくない。
 大体、男視点のイケメンと、女視点のイケメンの基準は違う。
 俺は、女の子から「きゃー宇佐見君イケメン!」とか「宇佐見君、すごく格好いい」って言われたいんだ。優しくて、おっとりしてて可愛い子に、褒められたいんだよ。

 そんな下らない妄想をしている内に、クシャクシャと、犬のように撫でられていた。早朝6時から念入りに、キメにキメてきたセットは、あれよ、あれよと言う間に、崩されていく。

 や、やめろ!止めるんだ!!
 俺のなけなしの身だしなみを崩すんじゃねえ!!
 変に制服を着崩すと、厳格な一番上の姉から怒られ、『何々。きょーちゃんってば、女子の目気にしてんの?ウケルー』と二番目の姉がからかってくる。
 そして、仕舞いには母親は、ニコニコと『きょーちゃんもやっぱり、男の子なのねぇ』と微笑ましいという視線で見てくるのが、思春期、真っ盛りの俺には辛すぎるのだ。
 そりゃ、反抗したくもなるってもんじゃねえの?しかし、ヘタレの俺は反抗することなく、黙って只、ひたすらに、耐えることしか出来ない。
 今だって、そうだ、なんだかんだ、円の魔の手から逃れられないでいる。

「このっ、髪質までイケメン使用とか!コシ、ハリ、ツヤっ!!」
「あ、本当だ。何?結構、響也ってば、マメに手入れでもしてんの?」
「髪の毛をいじんなっ、俺だって、髪位は気にしてんだよっ!」

 いつものクールぶった仮面は悉く崩され、素の反応をしてしまった。
 円と竜二の魔の手から逃れ、俺は髪の毛を手癖で、どうにか戻しながら、むすっと二人を睨みつけた。

「お前等、マジ……」
「お前の顔面は髪が崩れた位で、崩壊しないから安心しろ」
「それは、どういう意味だよ」

 どうせ、釣り目の近寄り難い顔つきだよ。
 この前、親切心と、少しの下心を込めて、女子の落とし物を拾った時に涙目で「ごめんなさい」って謝られたときは、自分のイメージを心底疑った。あと、ガラスのハートがいとも簡単にブレイクした。
 ちょっと、俺も一度、円みたいに、明るく元気に"モテ"について、考えた方がいいんじゃないかと思った。
 何だかんだ、彼女がいたりする竜二のドヤ顔を、ジト目で見れば、竜二はふっと頬をゆるめて微笑んだ。
 こいつ、バカなんだけど、余裕あって格好いい部分もあるんだよな……嗚呼、だから、彼女がいるのか。
 女の子は大人(同い年だが)の余裕に惹かれるんだな、なんか納得。

「喜べ、褒めてる」
「そうだぞ!そして、今日の用事とはなんぞや!」
「ッよ、用事は、用事だ。んじゃあ、また明日」

 やばい、このままでは、根掘り葉掘りと聞かれてしまう。野性的な危機感を覚えた俺は、ボロを出す前に退散してしまおうと、慌てて鞄を抱えた。
 別に、こいつらにはバレたって構わないと思っている。
 構わないと、思っているが、ただ、なんとなく、俺は臆病だから隠したくなるのかもしれない。もう少しだけ、彼らのクールな響也で居たいのだ。

「ちょ、響也ァ!髪の毛は謝るから、ゲーセン行こ?!」
「諦めろ、俺たちの響也ちゃんは、別の用事に忙しいらしい。そして、俺も彼女とのデートで忙しくなる」
「あらヤダっ、アタシとは遊びだったのね!!!」
「嗚呼、そうさ……楽しい夜だったよ」
「って、そんなこと言いながら、お前も、本当に行っちまうのかよ!響也もガン無視じゃねえか!ヒッデー!」

 友人達の、くだらなくとも愉快な喧騒を聞きながら、俺は、急ぐ歩みを進めた。



ストーリー
Copyright (c) 2015 OKSing Project All rights reserved.
 

-Powered by 小説HTMLの小人さん-