ハニー?バニー!ビーツ♪SS

ストーリー

  前日譚 蜂須賀蜜也  


 いつも通りの景色

 いつも通りの行動

 いつも通りが、移り変わっても、結局は、ルーティンワークの継続だと、そう気づいた時から、何もかもが、つまらなく感じた。
 少し色褪せたアンティーク調のドアノブに手を伸ばせば、聞き慣れたベルの音が、僕を出迎える。

 これも、いつも通りの一連の作業の一つだ。

 中に踏み込めば、木材の軋む音が聞こえる度に、建物の構造に不安を感じるが、これも此処の味になっているのかもしれないと、感傷に浸ってみた。
 そうして、僕の色のない毎日が始まる。

「おはようございまーす」
「おっ、みっちゃん!おはよう、今日も可愛いねえ」
「ありがとうございます。でも、僕が可愛いのは当然ですよ、店長」
「そういう所が、無ければ、お前は完璧だよ・・・」

 呆れたようにため息を吐き出した店長に、今日一番の、最高の笑顔を贈った。
 こんなサービス、滅多にしないんだからね!なんて、ちょっと前のアニメの、めんどくさいヒロインのような事を、考える。もしかしたら、自分は、ちょっとバカなのかもしれない。

 蜂須賀 蜜也、19歳。
 現在は、カフェ『銀の猫』のアルバイトをしているフリーター。
 夢も目標もなく、ただ毎日を繰り返している、一人の、最高に可愛い容姿の、最高に、つまらない男だ。

 それが、自分の中での最大級の自信であり、自分の中に存在している、最低の評価。
 何がしたいかなんて、分からなくて、流れのままに、専門学校や大学へ行ったり、安定を求めて就職しようなんてのも、なんとなく、違うと思った。
 どこか、未完成の自分。
 ちぐはぐな自分。
 その事が、心のどこかに、引っかかったままで、過ごすことしか、今の自分には、出来ないでいたんだ。


***


「お、蜜也!そこのパスタとドリンク、三番テーブルな」
「はいはい、あ、店長!五番テーブルのアフタヌーンティーセットどうなってる?なんか、待ってるっぽいですけど?」
「みっちゃんが帰ってくる頃には、出来上がりまーす」

 慌ただしい店内の喧騒は嫌いじゃない。
 働いている時も、此処に自分の存在を指し示していて、空っぽの自分が満たされている感覚がしていた。コップの中の水が緊張して、溢れそうで溢れ出さない、ギリギリの感覚が、心の片隅で感じられた。
 仕事は好きだ。
 こういう接客業は性に合っていると分かっている。

(でも、どこか物足りない。それは、きっと気のせいだと思いこんでいる。いつか、コップの水が溢れ出さないだろうか、なんて期待している。)

 ゆっくりと深呼吸して、店長に勝ち気な笑みを見せつける。これは僕が最強の証だ。容姿にだけは、自信があるのだ。 

「しかたないから、僕の笑顔を振りまいてきてあげる。僕の笑顔は、高いからね」
「0円にしてくれ、頼むから」
「ていうか、みっちゃんの笑顔は普段から0円だよね?そうだよね?チップとか貰ってないよね!?」
「どうかなあ?」

 息を含ませて、口元に手を添えて微笑む姿は美しく映る。
 思わせぶりな声色は計算済みで、歌うような言動もイメージ通りだ。僕を形成するすべてのモノは、イメージとレッテル、それ以上でも以下でもない。
 動揺する店長の声にも耳を貸すそぶりを見せないのも、僕の計算の中のものだ。
 泣きそうな瞳で不安を語る、三十代後半の大男は、正直気持ちが悪いけれど、それが彼を形成するものだと言われれば、納得できる。僕が僕を作り上げているのと、一緒だ、彼も純情熊男をいつのまにか作り上げているのだろう。
 そもそも、チップなんて貰ってないこと充分把握してる筈なのに、不安がってみせる彼もノリのいい男だ。

「みっちゃん!!やめてよ?うちは普通の純喫茶だからね!!」
「店長、頼むから、早くデザート盛りつけてくれ・・・」
「店長、ちゃんと仕事してね」
「うちのスタッフは、いつ俺に優しくなるんだよ!」

 酷い酷いと喚きながらも、キチンと手を動かしている男は器用な人だと思う。ちらりとショーウィンドウに映る自分の姿を見つめれば、そこにはいつだって、見惚れる程の美少年が映し出されていた。
 肌だってきめ細かいし、きゅっと上がった猫のような瞳だってお気に入りだ。自分の容姿に、不満なんて無い。(無いはずなんだと、言い聞かせていたのはいつだったか忘れてしまった。)

「いらっしゃいませ!」

 背筋を伸ばして、目の前を見据えて、笑顔を作れば、そこには蜂須賀蜜也がいる。それだけでいい。それだけでいいじゃないか。

「ねえ、ねえ、前に言ってたのって、あの人でしょう?」
「そうそう!なんていうか、カッコいいっていうか可愛いくない?」
「たしかにっ!うわあ、すごいねえ、芸能人みたい!」
「いくつくらいかなぁ?うちらと同い年くらいかな?」
「でも、声とか結構低くない?」
「確かに、見た目とイメージ違うかも・・・」

 イメージだと、印象だとか、人の評価なんて、気にしなくてもいいじゃないかと、言い聞かせても、ふと、どうすれば自分がよく見えるのか考えてしまう。
 こうして、お店の客席から聞こえてくる小さな話し声でさえも、僕を小さく、小さくしていくものと思うのだ。俯きたくなくて、俯いて生活する日々を変えたいと思っていた筈なのに、僕は結局、心だけ俯いたままなのかもしれない。

「みっちゃん?どうかしたのか?」
「いや、なんでもないです」
「嗚呼、そうだ、蜜也さん、また来てるみたいッスよ、窓際のサラリーマン」
「え、また?本当に此処最近、いっつもいるよね」

  厨房スタッフの蠻(えびす)がのんびりと厨房から出てきて、窓際の席を指さした。そこにはダークグレーの落ち着いたスーツを身に纏い、ぼんやりとした表情で珈琲を啜るサラリーマンの姿があった。
 こんな微妙な時間にお茶してるってことは何処かの営業マンかなにかだろうか?もしかしたらサボっているのかもしれない、硬質な表情を浮かべていて、いかにも真面目そうに見えるのに意外だ。

「一言も喋らないらしいよね。ウェイトレスの子がビビっちゃってしかたないんだよ」
「へえ……まあ、怪しくはありますが、特に害はありませんけど?」

 確かに一言も喋らない上に、メニューを指さすだけで、ニコリとも笑わない、あのリーマンは少し怖いかもしれない。
 無機質な表情もそうだが、ガタイが良いのも、女の子が遠巻きに見る要因だろう。
 僕は男なので、その辺りを取り立てて気にすることもなく、淡々と愛想笑いをして、注文を取るだけだったので、そこまでの興味はないので気にならなかった。

「まぁ、注文取るときメンドクサいのと、僕の顔に見惚れてるトコくらいですかね、気になるの……もしかしたらゲイなのかも」
「相変わらず毒吐いてるね……まあ、確かにじっとみっちゃんの事みてるよねえ」
「僕、女の子は好きだけど、男は射程範囲外なんですよね」
「男も射程範囲だったら、俺は、色々と衝撃だよ」
「でも、蜜也サンならありえそうっすわ……アンタ、そういう顔してますし」
「それ、どういう顔なわけ?」

 どういう顔でしょうかねえ?なんてトボケてみせる蠻の表情は、相変わらず読めないし、意図もわからない。人付き合いって苦手だ、相手がどう言うことを考えているのかわからないし、どう返すのが的確かもわからない。
 自らの頬に手を当てて見せても、彼の言葉の意図がわからない。女の子は嫌いじゃないし、遊ぶのも楽しいと思うけれど、彼女たちの期待に答えるのは面倒だと思わなくもない。
 誰かに理解してほしいとか、思わないけれど、なんとなく物足りなく感じてから、女の子と遊ぶことも止めてしまった。
 女の子を誑かす顔には向いてると自覚はあるけれど、ご生憎様、男を誑かす趣味なんて毛頭ないのだ。

「とにかく、みっちゃん、いつものカフェオレ持って行ってね」
「へえ・・・あのサラリーマン、意外と可愛いもん頼んでるんすねえ」
「面白いからラテアートしてあげちゃう?」
「悪ノリしないで、早く持って行って下さい」

 はいはいと、答えれば「ハイは一回まで!」と母親のような事を宣ったクマ親父に舌を出してさしあげた。ちょっと小姑染みた事をいうのが、店長の面倒なところだと、僕は思う。
 背筋を伸ばして、正しい所作で、喋らないサラリーマンの所まで歩いていく僕は完璧だと思う。

「お待たせしました、こちらカフェオレです」
「……」
「(本当、反応もうっすいお客さんナンバーワン)」

 じっとカフェオレを見つめ続けるだけのサラリーマンに、思わず苦笑いを浮かべてしまいそうになるけれど、僕は高い意識を持って、微笑みを維持した。
 猫舌なのかなんて興味はない。それでも、俄然、カフェオレをじっと見つめ、此方を見もしない相手を構い続けるわけにもいかないので、僕はゆっくりと左足を引いた。

「それでは、失礼しまっ……なに?」
「…」
「へ、名刺?」

 というか、無言で渡さないでよ……めちゃくちゃ怖いんだけど…
 僕の表情が思わず強ばるのも仕方ないと思う。
 いきなり手首捕まれて、目前に名刺を差し出されれば、誰だって苦い表情を浮かべるだろう。今の僕がまさにそういう状態。
 ここまで一言も喋らないサラリーマンから差し出された名刺を、じっと見つめて、僕はより眉を顰めることになった。
 なるほどね、そういうことだったの……

「芸能事務所、ロジカルベア、営業マネジメント部長、音無忍…なんですかコレ…」
「……」
「というか、こういうの困るんですけど?僕の見た目見ればわかると思いますけど、こう言うの五万と受けてるんですよ、わかります?」
「……」

 僕の瞳の奥を伺うように、静かに、じっと見つめてくる男の瞳に感情はない。その無機質さに一抹の気味悪さを感じる。
 この男は、僕に何を期待しているのかわからない。この男に、何を切望され、何を返さなければならないのかなんて、一つもわからない。
 ただ、無音のままに見つめ続けて、僕を観察しているような様が気にくわなかった。

「だから……わざわざ日参してまで僕を見に来た根性は買うけど…僕に、そういう気は一切ないから」
「……」
「大体、一言も喋らないで、僕を事務所に口説き落とそうなんて思わないでよね」
「……」
「それじゃ、もう迷惑だし、僕にそういう気は毛頭無いのわかったんだから、もう此処に来るのやめてくださいね」

 無言を貫くサラリーマンが、ただ、ただ不愉快で、気味が悪くてまくし立てるように、名刺を机上に置いた。

 僕に期待するな、変な感情を抱くな、何も感じるな

 人から抱かれる感情の真相なんて分からない。どうせ、期待通りに動けなければ、彼らは失望して、僕を勝手に見捨ててしまう事はもう理解しているのだ。何度も、何度も、淡い希望を抱いては、見捨てられてきた。
 勝手に僕をこういう人間で、ああいう事が出来て、こういう風に話せてなんて期待を膨らませるんだ。
 さっきの女の子達と一緒だ。
 僕は見た目のレッテルで見られて、期待はずれだと、勝手にガッカリされて、そして僕も勝手に傷つくのだ。
 そんな毎日を、こうして、僕は繰り返していくだけだ。
 毎日、少し傷ついて、その分を癒す事を繰り返すだけだ。
 誰かに分かってもらおうなんて、微塵も思わない。

『おいおい、ちょっと待ってくれよ、お兄さん』
「は、今度は何…?……は?」
「……ッ」

 機械のノイズ混じりに聞こえてきた声に、苛立ちながら振り返れば、先程のサラリーマンが慌てた様子でテーブル上にあるクマのぬいぐるみを押さえようとしている。
 さっき、クマのぬいぐるみなんかあった?
 異様な光景に、僕は眉を潜めた。

『まだ、うちの忍はお話してねえだろ?』
「…何?腹話術…?頭、大丈夫?」
「…………」

 勢いよく首を振ってくるけれど、どう考えても、目の前のサラリーマンの高等な腹話術か、カセットテープの音声を流しているようにしか聞こえない。
 というか今時、こんだけ音質悪い音声垂れ流す方が珍しいんだけど……スマートフォンでも、もうちょいマシな録音出来るよ。
 クマと戯れるなんてファンシーな演出とか、陳腐すぎるし、大の大人の男がやるべき事じゃないし、何より痛すぎ。

「……はあ、こんなの子供騙しと一緒だよ。やめてくれないかな、僕、これでも忙しいんだけど」
『クマ越しにお前の事見てたけど、本当に見た目極上なのに、性格はイマイチだな』

 なんなの?このクマ……というより、このサラリーマン?腹立つんだけど…勝手に、名刺渡してきて?性格はイマイチ?超絶失礼なんだけど!!

「…腹立つから、フザケるのも大概にしてもらっていいかな」
『毎日、退屈そうで?自由気まま、我が儘に、生きてるように見せかけて、人一倍、他人の評価を気にしてるな、お前』
「ッ……なんなの、そのクマ…つうか、音無サン?…いい加減にしてくれない?」
『変えたい、変わりたい、そう思った事はないのか?嗚呼、それとも変化をおそれる臆病者か?』

 変わりたくても、変われない事を僕は知っている。
 人はそう簡単には変われない。
 変化を恐れているわけじゃない、変化に期待しなくなっただけだ。何も変わらないことを、知っただけなんだ。
 何も知らないくせに、勝手なことを言わないでよ。

「……店の迷惑になるから、それ飲んだら帰って…二度と来ないで」
『お前の見てる世界、俺たちが変えてやる!!だから、何度でも口説きに来るから覚悟してろよ!!!』

 ノイズ混じりに聞こえてくるはずの、その声はやけに鮮明に僕の脳裏に焼き付いた。

ストーリー
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