ハニー?バニー!ビーツ♪SS

ストーリー

  前日譚 蜂須賀蜜也  




***

「ああ、もう!鬱陶しい……」

 毎日、毎日!!いい加減にしてほしい…
 クマ連れて堂々と店に入って来て、ちゃんと注文してお客様面してくるから追い返せるものも、追い返せなくなっている。
 クマは注文しない、というかしても食べられないからわざわざテイクアウトの商品を買って帰る徹底ぶりだ。
 店長も蠻も基本的には良い常連客だなんて懐柔されている。
 今日もいつもの窓際の席で、此方の様子を伺う喋らないサラリーマンはカフェラテとケーキに舌鼓をうっていた。
 どうやら彼は甘い物が好きらしい。どうでもいいけれど。
 深く重苦しいため息を吐き出しながら、洗い物を片づけていく。
 今日は閉店時間を狙うつもりなのだろう、本当にしつこい。
 僕が胡乱な瞳で洗い物を片づけている所を見かねた店長は、のんびりと水を飲みながら笑っている。

「いい加減、みっちゃんも話受けたら?気晴らしに」
「フザケないで下さい。大体、僕が興味ないの知ってるでしょう?」

 ていうか、どこの世界の気晴らしだよ。

「興味ないわけないじゃん、音楽聞くのもテレビ見るのも好きでしょう?舞台観劇だって大好きじゃない」
「見るのと、するのでは別次元の話だよ」

 バラエティやドラマを見るのは好きだ、でも出たいとはあまり思わない。
 音楽を聞くのは好き、でも歌えるかと言えば別。
 舞台に立つには身長が足りない、脇役にするには華やかすぎる。
 僕は芸能活動をするには少々中途半端だという自覚はある。
 モデルなんて以ての外だ、プロポーションは悪くないけれど、身長が圧倒的に足りてないのだ。168センチという身長は、低い訳じゃないけれど芸能活動をするには圧倒的に低いのだ。せめて170センチ代であれば、もう少し僕の考えは変わっていたのかもしれない。
 それでも、この身長であるからこそ、可愛い僕で居られる理由なのかもしれない。
 なめらかな白い食器を丁寧に拭きながら、店長の提案を否定していく。
 でもこうして、僕はこうだから出来ないと言い訳しているという事は、本当は興味があるという事への裏返しなのかもしれないと気が付いている。
 きっと、最後の一線を越えれば、僕は諦められなくなってしまう。

「うちの喫茶店から、ゲーノー人生まれるの期待してたんだけどなあ」
「今でも、ちょっとしたローカルアイドルみたいな所あるから、問題ないでしょ?」
「みっちゃんの顔は全国区でも通じるって思ってるんだけどなあ」

 店長はどうしても僕を芸能界に入れたいみたいだ。あのクマか、サラリーマンにお金でも握らされたのだろうか?いや、それはない、お金には無頓着な人だ。
 僕の心の内を見透かしているのか、何を考えているのか、僕は年上の男があまり好きではない。なんでもかんでも見透かしてるみたいで怖いからだ。

「店長、この人の全国レベルは顔だけっスよ、顔だけ」
「ッ……蠻君、本当に失礼だよね」
「蜜也サンの方が失礼っすよ。美形だから許されてる所ありますからね、マジで」
「僕が許されるのは当たり前なの、世界一可愛いんだから」
「あーハイハイ、宗教乙でーす」

 事実と言えば事実だけれど、実際に言われると釈然としない。というかムカつく。
 絶対に、僕の事バカにしてるよね?

「はーい、はい、みっちゃん怒らないで、えびちゃんも煽らないの」
「何言ってるんですか僕は大人ですからね、こんな事位じゃ怒りませんよ」
「絶対、内心、腸煮えくり返ってますよコレ」
「えびちゃん、本当にやめてください。みっちゃんも、それ片付けたら上がって良いよ」
「はーい」

 大人になりたい。大人になれない。
 中途半端だ。
 全部が中途半端の僕は、未だに何かを決めることが、出来ないままなのかもしれない。
 あと一歩、あと一歩だけ何かが決定的に足りないのだ。それが分からなくてウダウダと、迷走してしまう。
 好きだけで動けるような情熱もない訳じゃない、若さ故の勢いだってきっと持っている。それでも僕の足を止めるのは、小賢しさだ。
 失敗したくないと思ってる。
 自信家のふりをして、誤魔化して、カッコつけて斜に構えてる。
 自信がないから、可愛く振る舞って見せている。
 自信のある部分だけでしか僕は戦えないのだ。

***

『今日は、蜂須賀蜜也、改造計画を実行する』
「は?改造計画?」

 いつもより早めに上がれても、外の時刻は夕方だった。裏口の扉を開ければ、どこから聞きつけたのか、いつものサラリーマンとうるさいクマの姿がそこにあった。
 言うに事欠いて、改造計画なんて、ちょっと古い少女マンガみたいでダサいよね。相変わらず難解な事を言い出してくる、自称芸能事務所に深いため息を吐き出した。

「ていうか、裏口で待ち伏せとか怖いんだけど……なに?ついにストーカー化でもしたの?」
『何言ってんだよ!今回はお前を口説き落とすためにオリエンテーションを考えてきてやったんだぞ!!』
「おりえんてーしょん?何ソレ、ていうか僕、今日クタクタだから、早くお家に帰りたいんだけど」
『まあまあ、ちょっとだけ付き合えよ』
「うわ、ちょっと腕掴まないでよ!!……っていうか力強ッ!!」

 一日の労働で疲れ切っている体での抵抗は無意味だとでも言うように、サラリーマンはぐいぐいと僕を引っ張っていく。変に抵抗しても怪我しそうだ。
 ガシャガシャと音を立てながら、サラリーマンの鞄の中で動いているクマの中身はロボットらしい。昔、おもちゃ屋さんで聞いたことのある機械音だ。
 僕は鞄の中のクマを睨みつけ、口を開くことにした。

「どこに連れて行くつもり?」
『事務所兼、スタジオだな。フォトスタジオとレコーディングスタジオ兼ねてんだぜ?』
「この辺りにそんなトコあんの?君の事務所って、有名な事務所でもないはずなんだけど…」
『結構近くにあるんだぜ?ま、昔取った杵柄って奴だよ』

 クマ越しの会話は、相手の表情が読めずつかみ所なんて見えやしなかった。昔取った杵柄なんて言われても、怪しさしか見えない。
 僕はこの男達を信用していない。危険なことはしないだろうとは感じ取っているけれど、本当に芸能事務所なのかは分からない。
 大体、ここに入ったとしても仕事がなければ意味がないのだ。芸能界は甘くない、甘い業界なんてないだろうけれど、一際厳しい所だと言うのは承知している。

『ま、それに仕事なら安心しろ、俺と音無にはコネがあるからな』
「結構、リアルな事いうんだね。自分でコネとか言っちゃうんだ」
『そもそも、コネやツテがなかったら、俺だってお前みたいな顔だけ良さげな素人捕まえて来ねえよ』
「顔だけで悪かったな……」
『いいんだよ、今は顔だけで、ひとまず顔だけありゃ合格だ』
「は?」

 クマから聞こえてきた言葉が不可解で、クマを見つめるが、そこにあるのは表情のないヌイグルミだ。どんなに口説かれても信用しきれないのは、きっとこのクマのせいだ。
 表情どころか顔も見せない男と、表情の動かない喋らない男を信用しろと言う方が無理な話だ。彼らはその辺りを理解しているのだろうか?していれば、まず、こんなめちゃくちゃな事をしていないのかもしれない。

『お、着いたぞ!』
「着いたって……なに、このボロいビル…」
『クラシカルって言ってくれよ。あ、お嬢来てるな』
「は、お嬢?」

 え、なに…実はアンタら暴力団だったりするの?だとしたら帰って良いかな?僕、そういうのとは無関係で生きていきたいんだけど……
 なんて早口でまくし立てようとした瞬間、目線の先には制服姿の女の子が佇んでいた。

「あ、音無さん!外回り言ってたんですか?あれ、その人……」
『お嬢!思ったより早く来たんだな!!ちょうどよかった、お前にはすぐに紹介しておきたかったからな』

 お嬢の響きが限りなくヤの付く自由業なんだけど…芸能関係は黒い噂だらけってよく聞くけれど、これ巻き込まれた系なの?
 いや、でも見るからに目の前の女の子はふつうの子だ。そういうヤのつく感じではない、と思いたい。
 僕が余りにも怪訝な表情を見せるので、サラリーマンは戸惑っていたので、これはヤの付く野蛮な団体ではないことは確定した。
 そんな中で、目の前の女子高生を見れば、彼女も僕のことをじっと見ていた。人から見られることはなれているけれど、この女の子の視線は女の子から感じる秋波とはすこし違っていた。
 どうすれば分からなくて、目をそらしても、観察するような彼女の目つきは変わらなかった。

「綺麗なひと」
「は?」
「っ、いや、あの……」

 僕の反応に彼女は戸惑ったのか、顔を真っ赤にして取り繕おうとしていた。可愛いとかかっこいいは言われた事がある。(圧倒的に可愛いが多いけれど)
 綺麗と表現されたのは片手で数える程度だ。しかも、こんなにしみじみと崇め奉るように言われたのは初めてだ。この子、初対面だけど変な宗教とかにハマりそうだなと思った。
 僕のなんともいえない視線に耐えきれなくなったのか、うつむいた彼女は視線をクマに注いだ。

「律さん…!!…また音無さんに引っ付いたの?いい加減、外出ようよ…」
『俺に中の人などいない!!何言ってんだ』
「はいはいって…そうじゃなくて!!もしかして、この人が今日、撮影するって人?」
『そうそう、俺と忍が一生懸命口説き落としてきたタレント第一号だ!』
「ちょっと、まだなるなんて一言も言ってないんだけど……ていうか、この子だれ?」
「え、えっとあの……」
『俺の親戚で、お前の魔法使いになる予定』
「は?なに、このクマ…ついに故障したの…?」

 律さん!とクマをたしなめている女の子は、このクマの中身の親族らしい。
 このクマと血がつながっている割にはマトモそうだけど……でも、どうなんだろう。ていうか、魔法使いって、なに。
 僕の呆れたような表情に、彼女は表情を赤くさせたり青くさせたりしながら、自らの名を名乗った。

「で、魔法使いってなに?」
「ま、まだソコ言及するんですか……えっと、まあ、その…スタイリストっていうか、そういう感じですかね」
「へえ、君、僕より年下っぽいけど」
「お手伝いさせていただいてる感じですから、まだ修行中です。でも、今日はがんばりますよ」
「あっそう、なにするか分かんないけど」
「私が、貴方に魔法をかけます」

 あ、この子やっぱり、このクマと血が繋がってるんだ。自信満々に発した言動に、少し笑ってしまった。
 突然の僕の反応に戸惑ったのか、彼女はまたくるくると表情を変えて、それが可笑しくてまた笑ってしまった。

「魔法って、何言ってんの?ねえ、どんな魔法かけてくれるの?」
「えっと、それは…」
「それは?」
「貴方が、もっと!もっと!素敵に振る舞えるようになる魔法です!!その笑顔が、もっと綺麗に見えるようなそんな、魔法をかけます」

 新興宗教みたいな夢見がちな言葉だと思った。
 それでも、少しだけ僕の心が動いたような気がする。
 ああ、そうか、僕はバカみたいな言葉でも、誰かに魔法をかけてもらいたかったのかもしれない。
 気休めでもよかったのだ。
 綺麗だとか、可愛いから大丈夫だとか、そういう言葉じゃなくて、僕の背中を押してくれるような不確かな言葉だ。

「本当に君が魔法をかけてくれるの?」
「は、はい!」
「僕、今もこれ以上にないくらい可愛いけど」
「それ以上に、私が魅力的にしてみせます!」
「今より、魅力的になったらどうなると思う?」
「色々な人がメロメロになっちゃうんじゃないですかね?」
「なにソレ」
「え、えっとどうなるかは、私よりも律さんや音無さんの方がわかってると思うので…」
「そっか…」

 僕より、彼女は年下だ。それでも、僕よりも地に足をつけて歩いているような気がした。
 子供だから、どうなるかなんて分からない、それでも確実に僕を変えてみせると豪語出来るのは自信があるからだ。
 わからないけれど突っ走る豪快さが彼女からは見て取れて、それは僕に足りなかった部分だと気づかされる。
 少しだけ、騙されてみてもいいかもしれないと、感じたのは彼女の勢いに押されたからだろうか?

「ねえ、音無さんだったっけ?スタジオって何処?」
『お、乗り気になったか?』
「さあ、この子がかける魔法次第じゃないかな?」

 僕はそんな事を言って、笑った。
 単純な言葉だったけれど、僕の世界はこの瞬間から少しだけ変わったのかもしれない。

 この後、クマの本体を見たり、魔法使いに魔法をかけてもらって、数日後、男子高校生とユニット組めとか、音楽活動始めろなんて言われたりするなんて思っても見なかった。
 それでも、少しだけ変わった世界は、ひどく色鮮やかなものだと感じられるのかもしれない。
ストーリー
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